「人気」と「人気」
次の空欄を埋めよ。
A「ずいぶんと人気のねえ水族館だな、こりゃ」
B「まあしょうがないですね、さびれてますし」
A「ああ、腕がなるぜ。で、どうだい?」
B「 」
1 早速建て直しプランを練りましょう。
2 早速除霊しましょう。
さて、皆さんはどちらだと思っただろうか。
おそらく一番を選んだ人は「人気」を「にんき」と読んだはずだ。
二番を選んだ人は「ひとけ」と読んだのではなかろうか。
まあそういう風に作ったつもりであるので、そうでなかった人には謝るしかないのだが。
と、いきなり変なことを言い出したのもこの「人気」のせいである。
日本語はかくも難しい。
ことの発端はある文章である。
我が家には昔のものを取っておく棚があるのだが、そこをちょっと整理したときだ。
小学校時代の漢字練習プリントが出てきた。
そこには
『人気のない□□□』
とあって、□の上には「すいぞくかん」とルビがある。
これが冒頭のクソ問題につながるのだが。
まあ、随分とひどい例文もあったもんだ。
これを小学生が解くのかと思うとなかなかに世知辛い。
確かに「にんき」がなけりゃ「ひとけ」もないのは間違いない。
世の道理だ。
だが与える印象はまるで違うじゃないか。
「にんきがない」ならば寂れた感じで、経営不振かな、全部不況が悪い、と神を詰りたくなってくる。
「ひとけがない」ならばどこぞの小学生やら高校生やらがキャーキャー言いながら肝試しにでも繰り出しそうだ。
その後、小学生が異界につれていかれるとジャンプまたはホラー案件だし、高校生が仲良くなるとラブコメまたは文春案件なわけだが。
滅せよリア充。
話が逸れた。
とにかく同じ漢字でも読み方によって与える印象は変わるわけだ。
同じマイナスイメージのある単語のくせに、「にんきがない」では切なさと悲しみと悔しさが相俟って一抹の哀愁を誘う。
「ひとけがない」ではおどろおどろしい中にもほんのり未知との邂逅を夢見るような一つまみの高揚感が存在する。
なぜだ。どうしてこうなる。
和語と漢語の違いがいけないのだろうか。
和語•漢語というと代表例は「市場」と「生物」だろう。
たしかに「いちば」や「なまもの」には独特の柔らかさというか生活感溢れる素朴な感じがするものだ。
対して「しじょう」「せいぶつ」と来た日にゃ現実を突きつけられる気がして心が休まらぬ。
私だけだろうか。
そんなことないだろう。
ないよね?
まあ、それはさておき。
和語•漢語の違いは実に侮れない。
私はひどく恥をかいたことがあるのだ。
昔も昔、私が純真無垢なクソガキだった頃の話である。
小学校四年生くらいだと記憶している。
当時私は歴史小説にハマっていた。
いや今でも好きだけども。
ある一節に主君と家来の一幕があった。
「ええい、黙れ!こやつを縛り上げよ!」
「殿、落ち着きなされ!大人気ありませんぞ!」
ここである。
ここまで読んでくれた優しい読者の方々は理解しただろう。
そう。
私は「おとなげありませんぞ」を「だいにんきありませんぞ」と読んでいたのだ!
いや意味的には間違っていないじゃないか!
「おとなげ」ないことしたら「だいにんき」ないだろう!
今でも通ずる我が家恒例のネタである。
いや、実に見事な赤っ恥だった。
本当に日本語とは難しいものだ。
意味がそこまで違わないことがまたひどく混乱を招く。
先の「大人気」だって文脈に沿わなければわかったはずだ。
だが曲がりなりにも文意は取れるのだ。
これが厄介なところである。
これはわりと受験生には苦しい問題である。
これどっちだ、と思わせる問題はそうそうないが、ちょっとでも気を抜くとまるでトンチンカンな答えを書きかねない。
是非気をつけてほしい。
漢語へのヘイトがある程度溜まったところで漢語の好感度を上げることにしよう。
漢語のメリット。
それは「なんか強そう」というイメージである。
考えてもみてくれ。
和語だけというのは随分とほんわかするじゃないか。
次に会議の一幕を和語で示す。
『次のお話はどう考えるか言ってください』
『そのお話は少し気が早いと思います』
いや、おい。
学級会じゃねえんだぞ。
まあちょっと強引すぎるが。
続いて漢語あり。
『次の案件についての考察を発言してください』
『その件は時期尚早と愚考します』
なんか強そう。
でも言ってることはほぼ変わらんのだ。
つまり我々は頭の中で和語•漢語の翻訳をすればちょっと強そうに見えるよね、という話だ。
これは結構大切で、言い訳にはよく使う。
だって「電車が遅れました」より「○○線遅延です」の方が避けられない運命っぽいじゃないか。
仕方がない、という感じがひしひしと出ている。
と、まあ人気の話から二転三転したがこんなところでしめたいと思う。
和語漢語に負けぬよう、考えて読むことが大事だ。
ちなみに「大事」は「おおごと」じゃない。
にほんごってむずかしいね。
まあ黙って勉強しろよ、私。