苦難と陶酔の本選び


本選びとは、いわば未来の選択である。


選んだ本を読み終わった後、どんな気持ちだろう。


面白くなくて意気消沈しているのか。

面白くて満足しているのか。

トラウマになるほど受け付けなかったのか。

感動して人生が変わるほどの傑作なのか。




その未来を我々は書店で探し、選び、買うわけだ。


ただの無駄に成り果てるのか、値段以上の価値を見出すかどうかは、実に運要素が強い。

その上、リサーチなしで良書を引き当てるのはかなり難しい。

ゆえに、無計画な書店巡りでの購買には、なかなか手を出せない人がいると聞く。


まあ我が愚弟だが。

そこで、今回は本選びにおいて私が気をつけていることを書いてみたい。

今回のネタをくれた弟と他の方々の一助になれば幸いである。




さて、書店は多くあれど構造は似たりよったりなのでそこから攻めていこう。


まずはカテゴリを選ばなくてはならない。

流石に小説を探しに来たのに参考書の棚を見に行って良い本が見つからない、と言われても打つ手がない。

ということで、今回は小説や新書に絞るとしよう。

参考書や図鑑などはわからん。

それこそ中身見て気に入ったら買えばよかろう。


中身がたくさんあって一瞬ではすべてを読めず、選びにくいものを選ぶコツに絞って話をする。




私が買う本に目星を付けるとき、意識する点は全部で四つある。

装丁、タイトル、作者、そして最初の一文である。

これは棚を見た際に目につく順だ。




書店に行って無計画に本を買おうとするとき、人はどうしても自分の好みの本を探そうと努力する。

しかしだ。

数多ある本の中から自分の好きな本を見つけようとするのは、なかなかに難しい。


そもそも無計画に買いに行くなら、新しいジャンルを開拓するつもりで行く方が、精神衛生的にもよい。

そこで注目すべきは上記の四点だ。




この前計測したところ、人がさっと書店の棚を見るとき、一冊の本が目に映る時間は平均して五秒ほど。

あくまで私の平均だが、棚を舐めるように見ても、目当ての本を見つけようとさっと目を通すにしろ、大体五秒と考えて良い。


さて、では五秒で目星を付けるとき人は何を見るか。

まずは斜め置きや平積みされている本の装丁だろう。

これを読んだ方の中には、

「装丁だけで買うなんてありえない。本なのだから中身を読まないと意味がない」

という方もいるだろう。


しかしそんなことはない。

装丁が美しかったり綺麗だったりするものは、転じて出版社や編集者、はたまた装丁家がその本の出版に力を入れている、ということに他ならない。


また装丁が見えるということは書店もおすすめしている、ということだ。

ということは、結構面白い可能性が高い。


さらにこれは私の経験則だが、なぜか目についた、とか、何かに惹かれた、という感覚は大切にしたほうが良い。

読んでみるのも一興、くらいの軽いつもりで読んでドハマりした本もある。




この「装丁買い」で買った本の一つに、私がこよなく愛する珠玉のゴシックミステリ、『この闇と光』(著 服部まゆみ)がある。


これはもう、大正解だった。

わりと古い本だが新装版が出ていて、その新装丁に惹かれて買った。

ネタバレになるので何も言わないが、本当に面白い。

機会があれば、ぜひ御一読を。




続いてタイトル。

これはもう直感だ。


装丁も気に入るか否かは直感の世界だが、タイトルは純粋な作者の才能が見える。

持論だが、タイトルを付けるのが上手い作者は筆力も高い。

綺麗に小説を切り取って、小説を象徴する一言に纏めるというのは才能だ。

その才能がある作者はそこまで当たり外れがない。


もちろん編集者と協力してタイトルを、という場合もあるが、それでもその編集者と作者のコンビプレイならば期待できるだけのものはある。


心に残るタイトルの小説を探すと面白い。




「タイトル買い」でも一つ紹介しよう。

2016年、見事に著作『コンビニ人間』で芥川賞を受賞された鬼才、村田沙耶香先生の『殺人出産』。
この途轍もないインパクト。

出産と殺人、生と死を同列に並べるこのタイトルは物凄い衝撃だった。


ただし、内容はかなり人を選ぶのでおすすめはしない。

それでも気になる方はどうぞ。




三点目は作者。

それまでに読んだことがあって、面白いと思った作品を書いている作者は、まあチェックしておいて損はない。


と言うが、今回はリサーチなしという縛りなので、もう一つ、ポイントを挙げる。

それは作者のプロフィールだ。


流れるように作家になりそのまま作家一筋、みたいな方もいらっしゃるが、ぱっと見ると随分と若い方であったり副業に作家をやっていらっしゃる方もおられて、実に面白い。


その辺りから親近感を覚えて買ってみたり、興味を覚えて買ってみたりすると当たることもある。


ただし、上記の二つほど当たりに確約は出来ない。




さて、「作者買い」では。


プロレタリアート文学、不朽の名作『蟹工船』。小林多喜二著。


小林多喜二が気になって読んだけども、重い。

ドストエフスキーの『死の家の記録』とか、フランクルの『夜と霧』とかと同じタイプの重さ。

これも人を選ぶのですすめないでおく。

気になった方はどうぞ。




ラストは最初の一文。

タイトルと似ているが、最初の一文で引き込んでくる作者に外れはいない。

その作者の全てがそこに凝縮されていると言っても過言ではない。

最初の一文を読んで面白い、とか、なんだこれ、とか感じたら買ってもいいかもしれない。




まあこれで買ったのは言わずとしれた名作、文豪•夏目漱石の代表作『吾輩は猫である』だろう。

これは最初の一文がタイトルというちょっとずるい選び方かもしれないが、これは面白かった。

猫の目線で人間を切るのは実に痛快極まれり。

ブラックユーモアや風刺の聞いた作品だ。


幸いにもこれは安心しておすすめできる。




ここまで私のおすすめの買い方を述べてきたが、最終的に買う判断をするのは自分自身だし、無理にタイトルやら装丁やらで選んで買っていると、簡単に破産する。

本を選ぶ際の取っ掛かりになれば幸いだ。




あとは、買う前にジャンルを確認しておくことだ。

ホラーなのに、装丁やタイトルでは予想できなかったため買ってから泣き叫ぶ、なんてことがあっても私に責任はとれない。




本選びは実に楽しいが、同時に刺激的な賭けでもあり、自分の見る目を試す試練でもある。

しかしながら、それを乗り越えて面白い本、感動する本に出会ったとき、その感動と痛快感は何物にも代えがたいものがある。



まさに本選びとは苦難と陶酔の入り混じった未来の選択なのだ。



では、また次回。