キャラクターは鮮やかに色褪せる 1


前回予告したとおり、今回も文芸作品系統のネタを書いていきたい。



と言っても、毎回読んでくれている優しい読者がどれほど存在するか私には図れないので、前回の文を引用することにしよう。


…というか今気づいたが、毎回読んでくれている読者以外にこんなブログをわざわざ読みに来てくれる殊勝な人はいるのだろうか?
大いなる疑問だ。


それはさておき。
件の文章がこちら。


『現代の日常を描こうが、近未来の戦闘を描こうが、異世界の魔法を描こうが、作者の意図や想像といったものは必ず表れる。
昨今の、詳細な設定を是とし、キャラの細かい外見描写を重視する風潮はここに起因する…と、この話は長くなるので次回に回そう』


つまり今回のテーマは。

「文芸作品全般における外見描写の変遷」

である。


今回は例を挙げながら考察していく。



さて、さかのぼること千年からいこう。
言わずとしれた「竹取物語」である。


その冒頭の一節はあまりにも有名であるから割愛する。

ちなみに「竹取の翁」「おじいさん」と親しまれる、かのご老人は名を「さぬきのみやつこ」という。

さらに余談だが我らがヒロイン、「かぐや姫」は本名を「なよたけのかぐや姫」とおっしゃる。


ま、これはトリビアだが、本題に入ろう。

次の文を見てほしい。


「三寸ばかりなる人いと美しうていたり」

「この児のかたち清らなること世になく、家の内は暗き処なく光満ちたり」


一体どんな美人なのか。

光り輝くばかりの美しさは心が洗われるようだ、とばかりにこれでもか、これでもか、と美しさを強調している。

ここまで美しいと言われる人物はこの人以外には、かの有名な最古のハーレム王である色ボケ男だけだ。




最上級の美しさを示す形容動詞、「清らなり」。

この二人以外には使っちゃだめだよ。
暗黙の了解か知らんが皆使わないから。

古典で美しいという意味の五文字を答えよ、と言われたら「きよげなり」で答えた方が身のためだ。




また話が逸れた。

ここで注目したいのは、ただ「美しい」としか言っていないゆえに顔形が判然としないところだ。

おそらく髪は艷やかな黒髪だろう。

眉は理想的な曲線を象り、切れ長の目は澄んだ光を湛えているのだろう。

鼻梁はすっと通り、頬は健康的な赤味を含んで優美な曲線を描いているのだろう。

薄くもなく厚くもない唇には見るものを魅了する微笑を乗せているのだろう。

肌は抜け落ちたように白く、手は白魚のごとくたおやかなのだろう。

目の覚めるような美人である。



…と、こう書くと実に素晴らしい女性に思えるだろう。

だが、これは嘘だ。

妄想だ。

忘れてはいけない。
これが書かれたのは約千年前なのだ。
美人の条件は異なっている。


先の描写で合ってるのは黒髪くらいではなかろうか。
作者はこんな描写を全く考えていなかったはずである。


にもかかわらず、「かぐや姫は美人」という話はいつの時代も色褪せることなく現代にまで続いている。

なぜ美しさの基準までもが変遷するほどの年月を経ても彼女は美しいと評されているのか。


少し考えておいてもらいたい。


次の例にいこう。




次は約百年前から。

ゲス男と健気な美少女の倒錯した恋愛談、「舞姫」。


その一節から、ヒロインであり我らが大天使エリスと、エリートゲス極男、豊太郎の邂逅を引用しよう。


「―声を呑みつつ泣くひとりの少女あるを見たり。年は十六七なるべし。被りし巾を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりみたる面、余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず。この青く清らにて物問ひたげに愁を含める目の、半ば露を宿せる長き睫毛に掩はれたるは―」


打ちました。
大変でした。
引用元は現代文の教科書(東京書籍)です。


さて、今回は金髪碧眼の外人美少女である。

竹取物語と異なりなかなか描写が細かい。

頭を無造作に包んだのだろう、頭巾から一条、二条と溢れる金髪は柔らかく街灯の光を反射する。

足音に驚いてか、こちらを振り向いたその顔は美しく、愁いと涙を湛えるのは長い睫毛と、青く澄んだ瞳―。


いや、もう美人である。
この辺でお腹いっぱいと言いたくなるが、もう少し。


「我眼はこの俯きたる少女の震う項にのみ注がれたり」

「彼(エリス)は優れて美なり。乳の如き色の顔は燈火を映じて微紅を潮したり。手足の細くたをやかなるは貧家の女にも似ず」


主人公、ド変態である。


ちなみにこの後主人公が泣き出したエリスにそっとお金を差し出すのだが、潤んだ上目遣いで主人公の手を押し頂くように握り、手の甲に涙をこぼすシーンがある。


正直に言おう。


めっちゃかわいい。


いやもう健気な美少女がはらはらと涙を流しながら手をとって感謝してくれるんだぜ?

破壊力抜群だよな。

さすが大天使エリス様である。



ちなみにここでも「―青く清らにて―」とあるが、古典じゃないから。

さっき言ったのも嘘じゃないよ!

古典作品じゃ高校範囲なら多分出てくるのは源氏物語竹取物語だけだから!

出てきたらごめんね!



話が逸れまくっている。
軌道修正して描写を見よう。

まずは金髪碧眼の記述あり。
そして項は美しく、ミルク色の肌は健康的な紅を帯び、手足は貧しい家に似合わず(貧家では女性でも力仕事をやったということだろうか?)細くたおやかだそうだ。


かぐや姫と比べて実に描写が多い。

かぐや姫は髪の色や目の色、ましてや肌の色なんて描かれていなかったじゃないか。

手足の様など論外である。


こうすると、神秘のヴェールに包まれていたかぐや姫よりはっきりとエリスの顔が窺える。

目鼻立ちはわからないが整っているのだろう。

印象的な金髪碧眼を持つ異国の少女。


少女は、かぐや姫よりもずっとすっきり脳裏に描けるのではあるまいか。



さて、ここから本題の考察へと入りたいがタイムアップ&文字数だ。
大体一回に2000字位なので今回はここで終わり。


明日はこの話を終えます。

それでは、次回もよろしく。




P.S 今回のタイトルは個人的にめちゃくちゃ気に入っている。

なぜ気に入っているのか、その理由もわかると思うので次もぜひ御一読を。



また明日。